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25年間の覚悟。子どもたちを基点に描く、復興の未来図。

25年間の覚悟。子どもたちを基点に描く、復興の未来図。

25年間の覚悟。子どもたちを基点に描く、復興の未来図。

東日本大震災から3年。東北以外の地域に住む者が仙台駅に降り立つと、震災は一見過去のものに感じられる。しかし、いまだ25万人以上の被災者が仮設住宅等で暮らす避難生活をしていると言う。雇用をつくることも、住宅を建てることも、個人では限界がある。まだ私たちにできることはあるのだろうか、するべきことはあるのだろうか。
「真に復興の礎となるのはこれから育つ次世代の若者たちである」という考えのもとに、震災遺児の高等教育進学(大学・短大・専門学校への進学)の夢を応援する奨学基金“みちのく未来基金”の代表理事、長沼 孝義さんに、仙台の事務所でお話をうかがった。
※このインタビューは2014年9月に行われたものです。

“みちのく未来基金”の代表理事、長沼 孝義

さまざまな復興支援の領域の中から、「高等教育進学」をサポートする基金をつくろうと思った“きっかけ”はなんだったのでしょうか?
長沼(以下N):東日本大震災が起こった当時、私はカルビー株式会社で役員を務めていました。立場上、他企業の経営者の方々と交流があり、ロート製薬の山田会長とも交流がありました。山田さんがある会合でおっしゃったんです。
「阪神・淡路大震災でも、いろいろな企業がさまざまな支援をしたし、何億ものお金を届けた。だけど、ひとつだけできなかったことがある。子どもたちになにもしてやることができなかった。」
その言葉を聞いた時に、ピンときたんですよ。これはやらないといけないって。
なぜ、そんなに強い直感がはたらいたのでしょう?
N:当時、私は消費財メーカーに勤めていたわけで、ビジネスの中で常に子どもたちを意識していたこともあると思います。それよりも、阪神・淡路大震災の経験があったからでしょうね。建物や道路が再建されても、そこに住んで、新しく育っていく子どもたちがいないと、きちんと「地域」が復興したとは言えない。阪神・淡路大震災では、そういうことが少なからず起こってしまったと思うんです。子どもたちのあたりまえの未来を少しでも取り戻すことができれば、阪神・淡路大震災とは違った未来を創れるのではないかと直感的に感じたのかもしれません。

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設立からもうすぐ3年になりますが、運営状況はいかがですか?
N:2012年4月に進学した一期生から2014年に進学した三期生まで、総勢327人に基金を届けることができました。これも、寄附をいただいたみなさまのおかげではあるのですが、予想外のことがたくさん起こってビックリしています。
例えば、どういったことでしょう?
N:ひとつは、1年目より2年目、2年目よりも3年目のほうが多く寄附が集まったことです。当初は、だんだんと減っていくものだと思っていました。
企業だけではなく、個人の方からもたくさんの寄附をいただいています。毎月2000円、定額で寄附をくださる方がいたり、タクシーの運転手さんで、乗せたお客様の数×10円を毎月振り込んでくださる方がいたり。
それと、当初の予想以上に進学希望者が多かったことです。
被災地域の大学・短大・専門学校への進学率は、もともと45%くらいだと聞いていたんです。震災遺児は、現在分かっているだけで約1700人。最大で900人くらい、毎年50人くらいを送り出すつもりでいればよいだろうと思っていたのですが、蓋を開けてみると毎年約100人の“みちのく生”が基金を利用して進学しています。

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大きな変化ですね。
なにが原因で、進学意欲が生まれたのでしょう?
N:みんな、避難所生活で、お医者さんや看護師さんをはじめ、いろいろな人にお世話になっています。その人達のあたたかさに触れるうちに「自分も人の役に立ちたい」と思うようになったんじゃないかと思います。そのために進学したいと。
当初想定よりも、倍以上の基金が必要になるということですよね? もっと支援の輪を広げていかないといけない状況ですか?
N:当初、必要な基金を20~25億円くらいだと見積もっていました。先のことはまだ分かりませんが、今のペースだと40~45億円くらいの基金が必要になる可能性があります。多くの企業や個人のみなさまに賛同いただいたおかげで、現在、15億円くらい寄附が集まっていますが…、まだまだがんばらないといけませんね。
いつまでがんばればよさそうでしょうか?
N:私たちの中では「25年間、やり抜こう」と話しています。2011年に0歳児だった子どもが、最長で6年制の学校を卒業するまで、25年です。
そんなに長いと、世間の関心も薄れてしまいそうですが…
N:そうでしょうね。多くの方が日常を取り戻しているし、震災はどんどん過去のことになっていきます。でも、東北では、どんなに時間が経っても、親や友人を失った記憶、生まれ育った家や街がなくなってしまった記憶が消えることがありません。
だからこそ、25年間やり遂げるために東北に拠点を構えました。やり遂げるためには、震災が日常の一部に溶け込んでいる環境に身を置くしかないと思ったんです。
お金を届ける以外にご協力できることはありますか?
N:情報提供をお願いできるととても助かります。震災遺児は約1700人いると申し上げましたが、全員が東北に住んでいるわけではありません。親戚に引き取られて違う地域で生活している子どもたちもいます。基金を利用する資格がある子どもたちが、まだまだいるかもしれません。もし、身近にそのような子どもがいたら、是非、教えていただきたい。

長沼さんのお話で印象的だったのは、津波によって失った道路や建築物といった目に見える被害だけではなく、親から子へと地域の中で受け継がれていく“人のつながり”と“心の豊かさ”に目を向けていることだ。取材の後に、長沼さんはこんな話を聞かせてくれた。

「東北の被害の大きかった沿岸部は、今でも大家族で生活している世帯がたくさんあります。たくさんの家族に囲まれて育った子達なので、少しヤンチャな子でも、心根が優しいし、年下の子達の面倒を本当によくみるんです。津波は、そういう日本の家族の原風景のようなものにまで被害を与えたんじゃないかって思うんです。」

“みちのく未来基金”の代表理事、長沼 孝義

被災した子どもたちが、心の豊かさを失わずに、夢と希望を持って育っていく。そして、その心の豊かさを次の世代に伝えていく。モノの復興と同時に、心の復興が成し遂げられた未来があったとしたら、どうだろう。そんな未来を想像したときに、少し心があたたかい気持ちにはならないだろうか。

多くの人にとって「復興」は初めての経験だ。
そんな中で、新しい支援領域にチャレンジする「みちのく未来基金」の活動に、期待し、多くの人の、小さな協力を呼びかけたい。

公益財団法人みちのく未来基金のホームページ

(聞き手:スターバックス コーヒー ジャパン A.Nagami)